【小説】ウェア・ウルフ その3――バァン! と音がして、空気が割れたように揺れた。 咆哮でまわりにいる者を動けなくする、アークの特技だ。 高い音圧でセリシアの体が震えた。自由がきかない。 コボルドも、ある者は腰を抜かし、ある者は四つん這いになって動けないでいた。 「オオオオオオオオオオォォォォォッー!!」 咆哮は続いた。 地鳴りがするのを足元に感じた。見る間に、セリシアの前で世界が揺れはじめた。揺れは次第に大きくなる。 ついには、立っていられないほどの振動になった。 「あっ!!」 セリシアは地に伏せた。暴れ馬に乗っているかのように、地面から振り落とされそうだ。体の下で大地が踊っている。 セリシアは、アークを見上げて驚いた。空に向かって吠えるアークの体が大きくなっている。上半身は、服の下から筋肉が盛り上がり、普通の人間の倍ほどにふくれていた。 見る間に肌が黒くなっていった。動物の体毛のようなものが伸びて、全身をおおっているのだ。顔も変わっていった。鼻先と口が前に飛び出し、大きく裂けた口からは長い牙がのぞいた。 犬――いや、狼だ。 アークは、狼の魔物になっていた。 「――オオオオオオオオオオォォォォォッー!!」 甲高い咆哮は、さらに続いた。 空気と地面の揺れが、ますます強くなっていった。大地が狂ったように暴れている。アークだけが地面に根を張ったように動かない。 突然、爆発するような音がした。目の前の地面が裂けていた。大地が揺れに耐えきれなくなったのだ。暗い口を広げた地割れが、いくつもできていく。体勢を崩したコボルドたちが、叫びながら転げ落ちていった。 まわりの建物が揺れた。力尽きたように土台から崩れていった。土ぼこりが舞いあがり、あたりが一瞬で暗くなった。 奥にある大きな建物も生きているように左右に揺れた。耐えきれずに、派手な音を立てながら崩れ落ちていった。 さらに、まわりをかこむ砦の防壁がグラグラと揺れると、次々に倒れていった。 「――オオオオオオオオオオォォォォォンッ!!」 咆哮が止んだ。 次第に揺れは収まっていった。しかし、セリシアには、いつまでも世界が揺れている気がした。 土ぼこりが収まると、あたりの様子が明らかになった。 砦は瓦礫の山になっていた。 建物の残骸が丘のように連なっている。砦としての役割を為すものはなかった。 その場で動ける者は、セリシアと狼の魔物になったアーク、ほこりをかぶって体の色が変わったようなトロールだけだった。 アークは、全身が真っ黒な毛に覆われていた。背丈はセリシアの倍ほどもある。あり得ない形に盛り上がった筋肉といい、見るほどに人間とはかけ離れていた。 「はぁっ……はぁっ……」アークは体を上下させて息をした。 「アーク、あなたは……」 「セリシア! 怪我は!?」 「え? あ……、い、いたたた……」思い出したように鋭い痛みを肩口に感じて傷を押さえた。「へ、平気……。血止めの薬があるから……」 「うぉっ……! ぶはぁっ……!」突然、アークは、気持ち悪そうに息を吐き出した。 「どうしたの!?」 「久しぶりに変身したから……酔った……」 「よ、酔うんだ……」 ガラガラとまわりの瓦礫を崩しながらトロールが立ち上がった。あたりを見渡すと、うなるように言った。 「オレの……砦が……」 無生物のような目でアークを見据えると言った。「建国の功臣、四侯がひとり、ルーン・フェンリル――。その末裔には人間の血が混じり、力を失ったと聞いていたが……。噂ほど当てにならんものはない」 「アーク・フォウ・フェンリル」 アークはトロールを見据えて言った。「わかっているなら話がはやい。この地を立ち去って、2度と足を踏み入れないでくれ」 「なにをっ!?」トロールは怒りの形相で睨んだ。「国を捨てた逆賊がっ……! 貴様になど、指図されるいわれはないっ!!」 トロールは全身の筋肉を盛り上がらせた。胸を風船のように膨らませて息を吸い込む。吐き出すとともに、地の底から響くような声を出した。 「ぐおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!」 アークとはちがった、圧迫されるような低い咆哮。セリシアは恐ろしくなって、脚の力が抜けるようだった。 叫び声に吸い寄せられるように風が吹きはじめた。風は、どんどん勢いを増していく。ゴオオオオッ! と恐ろしげな音がして、目も開けていられないほどの強風になった。 嵐だ。見たこともない強さだった。 あっという間に、トロールの頭上に黒い雲が広がっていった。 セリシアは風で飛ばされそうになった。地面に爪を立てるようにしがみついた。それでも流されそうだ。 「――ぐおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!」 トロールの体が大きくなっていった。背丈は人間の3、4倍にもなろうといている。内から破裂せんばかりに筋肉がふくれ上がった。 あたりの瓦礫が風で浮き上がった。ものすごい勢いでトロールに飛んでいく。ぶつかる直前、滝を逆さまにしたように空へと舞い上がった。激しい上昇気流が起きている。 瓦礫か小石が飛んできて、地に伏せるセリシアにも容赦なくぶつかった。 「うわあぁっ!」 強い風に体が浮き上がりそうになる。地面をつかんだ爪がはなれそうだ。 不意に風が弱まった。見ると、目の前にアークの背中があった。 「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」 トロールの叫びが止んだ。次第に風も収まっていった。 ドガガガッ! と轟音とともに、空に上がった瓦礫が地面に落ちてきた。 アークは、セリシアに言った。 「ここはあぶない。離れていてもらえるか」 セリシアはうなずくと、足を引きながら、そこを離れた。 トロールは、アークを見据えると言った。 「同族と本気で戦うのは生まれてはじめてだ……!」 「どうしても戦うつもりか」 「国賊に見せる背中はない!!」 「……仕方ない」アークは疲れたように息を吐き出した。「トロール、お前の名前はなんという?」 「……裏切りものに名乗る名などないわあああぁぁぁっ!!」 トロールが走った。ドンドンと地面が揺れる。まるで山が襲いかかってくるようだ。 巨石のような拳がアークに突き出された。 地面が爆発して吹き飛んだ。土くれが噴き上がる。 「アーク!」セリシアは叫んだ。 土煙のなかにアークの姿はない。 「むっ……!」 トロールが顔をあげた。黒っぽい影が空を飛んでいる。アークだ。ゆるやかに一回転すると、鳥のように音を立てずに着地した。 「大した力だ」アークは言った。 「その身で思いしれっ!!」 トロールが走った。右の拳で殴りかかる。 アークは体をさばいた。アークをかすめて、拳は地面に大穴をうがった。 「ぬうっ!!」トロールは、さらに拳を突き出した。 「フォッ!!」アークが叫んだ。 回転するように、高い蹴りを繰り出した。 激しくぶつかる音がして、トロールの太い腕がアークの蹴りで弾き飛ばされた。 トロールは蹴られた勢いでアークに背中を向ける格好になった。アークも半回転して背を向けた。 「があぁっ!!」 振り向きざまにトロールが組んだ両拳をアークに叩きつけた。 が、アークは高く跳んでかわした。 逆立ちしながら空を舞う。ゆっくり回転すると、トロールのはげ頭に片足で降り立った。 アークをつかもうとして、トロールは頭上に腕を伸ばした。アークは器用に跳んではかわし、またも頭に着地した。 「ぬがあああああぁぁぁぁぁっ!!」 トロールが頭を振り回した。 アークは、それでも張り付いたように立っていた。が、頭を蹴りつけて飛び上がると、離れて降り立った。 トロールが地響きを立てて、しりもちをついた。 アークは、鋭く伸びた爪で指さして言った。 「どうした。それが全力か?」 「ぐっ……ぐぶふふ……」 トロールは不気味に笑った。ゆっくり立ち上がり、背を向けて歩き出した。 崩れた建物の前に立つと、瓦礫の山のなかに腕を突っ込んだ。ガラガラと瓦礫を崩しながら取り出したのは、人間の背丈よりも大きな鉈(なた)だった。分厚い刀身が鉛色の空を映した。 トロールは、大鉈の頭を引きずりながらアークに近づいた。 鉈を振り上げる。ものすごい勢いで降り下ろした。 ――ビュオッ! と、空気を切り裂く音がして、巨大な刃がアークに迫った。 アークは飛び退きながら背を反らした。胸の前を刃が通りすぎた。 鉈は地面を一直線に切り裂いた。 「ぐはははははぁぁぁっ!!」 トロールが鉈を振り回した。暴風のような打ち込みがアークを襲う。 無数の攻撃をアークは紙一重で避けていった。 「ほぉ……、はやい攻撃だ」 「余裕を見せたことを後悔させてやる!!」 トロールは次々と攻撃を仕掛けた。 大鉈の乱舞に、アークは徐々に押されていった。 ひときわ鋭い一撃が地面に溝をうがった。 アークは隙をついて前に出た。狙ったように、トロールが前蹴りを放った。 アークは高くはね飛ばされた。宙で一回転すると、片ひざをついて着地した。 トロールは片足を前に出しながら言った。 「……かわしたか」 アークは立ち上がると言った。 「トロールとは思えないほどの動きだ……」 「貴様こそ、それほどの力を持ちながら、同族を裏切るとは……」 「お前らのやり方には愛想がつきた」 「やり方? やり方だと……。ぐっぶふふ……!」 トロールは大きく鉈を振りかぶった。 空気を切り裂きながら、勢いよく鉈を投げた。ブンブンブンと、恐ろしいとともに鉈が宙を滑った。 大鉈がアークの目の前に迫った。アークは、頭が地につくほど背を反らして鉈をかわした。 「ぐはははははっ!!」トロールが言った。「すばやさが自慢のようだが、それはどうするっ!?」 大鉈は宙を滑りながら徐々に曲がっていった。その先にはセリシアがいた。 「なにっ!?」アークが声をあげた。 「死ねぇっ!! 人間!!」 「あっ!」セリシアは叫んだ。 「くっ!!」 アークは体をねじって立ち上がると、放たれた矢のようにセリシアに向かって走った。 セリシアは立ち上がった。 「うぅっ!?」 頭がふらつく。傷を負った太ももに力が入らず、思わず前に倒れ込んだ。 空気を斬りながら、大鉈がセリシアに迫った。 「……っ!!」セリシアは顔を伏せた。 肉と骨を切るような鈍い音がした。 が、痛みはない。衝撃もなかった。 目を開くと、アークの大きな黒い背中があった。 セリシアの背丈より大きいであろう巨大な鉈は、アークの前で止まっていた。 ゴトッと音がして、アークの足元に黒い塊が落ちた。腕だ。さらに、手首らしきものが落ちてきた。 「ぐ……ぅっ!」アークはひざをついた。 見れば胸板にも、まっすぐに大きな傷がついていた。ドボドボと真っ赤な血が吹き出した。 「アークッ!!」セリシアは叫んだ。 「ぐぅはははははっ!!」 トロールが走った。ドンドンと地を揺らして迫る。覆い被さるようにアークを押さえつけた。馬乗りになると、両手を怒らしてアークの首を絞めあげた。 「ぬうぅっ!!」 アークは手首のない腕をトロールに叩きつけて抵抗した。しかし、トロールは、いっそう力を込めて首を絞める。 「死ねえぇっ!! 」トロールが声をあげた。 「がっ……あっ……!」 アークの体から次第に力が抜けていった。 手首のない腕が地面に落ちると、アークは動かなくなった。 トロールは、馬乗りになっていたアークから降りた。ゆっくりと立ち上がると言った。 「ぶぅっ……、ぶふぅっ……! 何が四侯の末裔だ……! 魔族の面汚しめがっ! このオレが片付けてやったわ!」 「ア、アーク……!」 「次はお前だ、人間!」トロールはセリシアに向き直った。「脆弱な人の身でありながら、偉大なる魔族に逆らった罪――。その報いを受けるがいい!!」 巨大なトロールが、セリシアの目の前に立ちふさがった。 「自らの非力さを呪って死ね……!!」 セリシアは震えそうになる脚に力を入れて立ち上がった。最後まで心だけは負けまいと、トロールを見据えた。 トロールは見下ろしながら言った。 「所詮、貴様ら人間は、創造の神が〈猛きもの〉――魔族をつくりあげたあとの残りカスでできた、できそこないのクズなのだ……!」 大きな腕を振り上げ、拳を突き出した。 「常世(とこよ)の闇に帰れえぇぇっ!!」 「違うっ!!」セリシアは叫んだ。 打ち出される拳が目の前に迫った。 あの巨石のような拳が、自分の肉を破り、骨を砕くだろう。セリシアは覚悟を定めて目をつぶった。が、戦う意志だけは永遠に失うまいと心に誓った――。 ――何も起きない。 セリシアはまぶたを開いた。 崖のようにおおい被さるトロールの顔が苦痛で歪んでいる。見れば、トロールの腹を突き破って何かが飛び出している。 手だ。黒っぽい、鋭い爪のそろった手が、トロールの背中から腹を突き破っていた。 「グッ……ゴァッ!!」トロールは苦しげにうめいた。 「アーク!!」セリシアは声をあげた。 トロールを背後から攻撃したのはアークだった。鉈に落とされたはずの腕が、いつの間にかもとに戻っている。 「どうも、まだ本調子じゃないな……」 「な、なぜだっ……!?」トロールが言った。 「すまんな。満月に近いほど、死ににくくなる体質だ」 「再生能力かっ……!」 「ん? これは……」 アークは全身を力ませると、トロールに突き刺した右腕の力だけで巨体を持ち上げた。山のような巨体を高く放り投げた。 ――ズオオォォォンッ……!! 地響きを立てながらトロールは背中から落ちた。 アークの右手は血で汚れる代わりに、黒っぽい金属の部品のようなものをつかんでいた。 「〈魔導機〉を仕込んでいたか」アークは言った。「その様子なら、上半身は首から上以外、すべて機械だな」 腹に穴を開けたトロールが立ち上がった。傷口のまわりには肉と血のかわりに黒々とした機械類が見えた。 「力を求める戦士なら当然のこと……! 貴様とて、その異常な力! 魔導機によるものだろう!?」 トロールは落ちていた鉈を拾い上げる。走り寄ると、アークに降り下ろした。 「いいだろう。装者が相手なら見せてやる」アークは静かに言った。 目の前に迫る刃に向かって、アークは鋭く上段蹴りを放った。 ギイイィィィン!! と、金属と金属のぶつかる音がして、トロールの大鉈が弾かれた。 アークの脚の先、かかとから、黒い棒のようなものが伸びていた。 「魔槍――〈グリンドル〉」アークは言った。 垂直に上げた右足のかかとから飛び出す、黒い金属らしきもの。生物のようにうねった本体。先端だけが人工物らしくとがっている。槍の先のようなものが空に向かって伸びていた。 「それはっ……!!」トロールが声をあげた。 「震えろ! グリンドル!!」 ――イイイィィィンッ!! と、耳をつんざくような音がして、まわりの空気が震えた。 「あの力! やはり貴様も魔導機を仕込んでいたか!!」 トロールは、大鉈をアークに向かってなぎ払った。 「仕込んじゃいない」アークは上体を反らして鉈をかわした。「生まれたときからついていた。これは俺の呪いだ」 「先天性の魔装者か!」 トロールが続けて大鉈を降り下ろした。 アークは、左足の高い蹴りを繰り出した。脚の先から魔槍が伸び、鉈と激しく打ち合って弾き返した。 「俺はこいつのせいで、幼いころは歩くこともできなかった」アークは言った。 「戦士であれば、誰でも強大な力を望むもの!!」 「ほしいなら、トロール、お前にくれてやりたいぐらいだ」 「よこせ! その身を切り裂いて、えぐり取ってやるっ!!」 「それは困るな」 トロールは、力任せに大鉈を振り回した。 「がああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」 竜巻のような乱舞だ。大鉈の嵐がアークを襲った。 「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」 アークも叫んだ。 踊るように放つ左右の蹴り技で、大鉈の攻撃を跳ね返していく。 アークの脚は、大鉈の刃を受けても傷ひとつつかない。金属のぶつかる音とともに弾いていった。 突如、アークは地面に両足をつけた。 「ぬがあぁっ!!」 トロールが、無防備なアークの頭に大鉈を降り下ろす。 アークは、迫る刃を見据えながら言った。 「割れ! グリンドル!!」 ゴオオオォォォッ!! と、すごい音がして、アークとトロールの間に地割れが起きた。 トロールは、巨大な塔が倒れるかのように、ぐらりと大きく傾いた。が、踏みこらえると、アークに大鉈の一撃を振るった。 ――ギイイイィィィンッ!! 空気を震わす金属音がして、大鉈が宙を舞った。 アークが繰り出した跳び前蹴りで、トロールの鉈が弾き飛ばされていた。 鉈はブンブンと回転して空を舞う。地面に突き刺さった。 「がぁっ……!! ぶはぁっ……!!」 トロールは、汗で濡れた筋肉を上下させながら、乱れた息をした。 「もう、わかったろう」アークは言った。 「ぐぅっ……!! ぐうううぅぅぅっ……!!」 奇妙な声でうめいたトロールは、そのまま背を向けて歩いていった。 アークは向き直ると言った。 「セリシア、村に戻ろう」 狼のアークは、遠くから見ても優しげに澄んだ瞳をしていた。 「待てっ! 裏切り者に見せる背中はないと言った!!」 トロールがいった。 地面に突き刺さった大鉈を引き抜く。大きく振りかぶると、滑らせるように投げ放った。 「死ねッ!! 国賊!!」 大気を切り裂いて鉈が飛んだ。 鉈は、徐々に軌道を曲げるとアークに迫った。ブゥンッ! とすごい音を立て、アークの横を通りすぎていった。 さらに軌道を曲げると、セリシアに向かって飛んだ。 「くっ!」 セリシアは立ち上がった。 ――この距離なら避けれる。鉈の曲がってくる反対方向に飛び退けばいい。 避けようとしたとき、不意にセリシアの体が浮かび上がった。 重さのなくなった体は、ぐんぐん空をのぼっていった。あっという間に、巨大なトロールを見下ろす高さになった。 見上げると、すぐそばに狼のアークの顔がある。セリシアは、アークに抱き抱えられて空を飛んでいた。 投げられた大鉈は、セリシアたちのいたところを、回転しながら通りすぎていった。竜巻に巻き込まれたように木々が断ち切られ、吹き飛ばされていった。 鉈は円を描くように曲がった。そのまま、トロールのもとに戻るように飛んでいった。 「やめろっ!!」アークは叫んだ。 トロールは胸を広げて、両手をあげると言った。 「我が名はブラス!! トロール族の勇者、ブラスだっ!!」 ――ザンッ!! と、大鉈の刃がトロールの首を斬り落とした。 セリシアを抱き抱えながら、アークは地面に降りた。 地に落ちたトロールの首が、濁った目をアークに向けた。 「裏切り者に……永遠の呪いを……」 首を失ったトロールの体が、地響きを立てながら倒れた。 アークはそれを見据えながら言った。 「呪われているのは、お前だ、ブラス……」 ※ ――オーイ……! どこからか、かすかな声が聞こえる。聞いたことのある声だ。 セリシアはあたりを見回した。 森の中から、セリシアたちに近づいてくる集団があった。 先頭のいるものが、こちらに手をふって呼びかけてくる。 「オーイ!」 手をふっているのはホルスだ。 集団は村の警備隊の若者たちだった。セリシアの身を案じて来てくれたのだろう。 「アーク、村のみんなが……」 「あぁ……」 セリシアは遠くに、大きく手を振った。 「みんなー!」 その後、セリシアは行き過ぎた自分勝手な行動を、村のものたちに心から謝った。そして、アークこと、砦で起きた不思議な出来事などを話した。 特に、魔物から人間の姿に変身して見せるアークについての説明は困難を極めた。 やっとのことで理解してもらうと、皆とともに、瓦礫の山となった砦をあとにした。 後日、討伐隊員の亡骸は、村の人々によって地下室から掘り起こされ、手厚く葬られた。 数日後――。 セリシアは王都へ旅立つ前に、神殿の司祭のもとを訪れていた。 「おお! セリシア、もう傷はいいのか?」老司祭は言った。 「はい。まだ、ちょっと痛むけど、旅には問題ありません」 「なにも、怪我をしたお前が行くこともないじゃろうに……」 「王都への報告は、どうしても私がやりたいと思って――」 「せわしない娘じゃな」 「はい」セリシアは微笑んだ。 セリシアは神殿の外に出た。停めていた馬に乗ると村を出立した。 森のなかの道を歩いた。葉の隙間からこぼれる日の光がまぶしい。 しばらく行くと、木にくつわを繋がれて休む馬がいた。その下には、幹に寄りかかるようにして寝転ぶアークがいる。 「アーク」 セリシアはアークの肩を揺すった。 「……ん? もう、時間か……」 アークは寝ぼけながら言った。 セリシアは手を差し出した。 アークは、その手をつかんで立ち上がった。 |